2017年09月22日

桝床席

閑隠席と桝床席

聚光院 閑隠席(じゅこういん かんいんせき)及び桝床席(ますどこのせき)

聚光院は臨済宗大本山大徳寺の塔頭のひとつである。
室町幕府12代将軍・足利義晴に仕えた三好長慶(みよしながよし)の養子・義継(戦国武将)が永禄9 年(1566 年)に養父の菩提を弔うために笑嶺宗訢(しょうれいそうきん)を開山として建立。
開祖・笑嶺和尚。
和尚は利休の参禅の師でもある。
※参禅(さんぜん)禅の道に入って修行すること。また、座禅を組むこと
利休の墓所でもあり、三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)菩提寺でもある。

閑隠席(かんいんせき)
利休150回忌の寛保元年(1741年)に表千家7世・如心斎が造り、寄進したもの。

桝床席(ますどこせき)
閑隠席と同じ建物内

全体は一棟で、その中に閑隠席と桝床席が水屋を中心に東西に分けた配置。。

閑隠席の間取りは、三畳で中柱入りで床の間は下座床。
三畳の真ん中が点前座で上げ台目切り。
中柱と床柱はともに赤松皮付き。
天井は野根板張り白竹打ち上げ平天井。
点前座の天井のみ蒲落天井となっている。
窓は、墨蹟窓と躙口の上の下地窓のみ。

閑隠席1.jpg

桝床席(ますどこせき)
入り口は、貴人口の形(腰障子二本)をとっている。
枡形の踏込床(枡床)があるため桝床席と呼ばれる。
四畳半平面のうちの半畳を床の間とした形式。

炉は床の間に接して向切り。
この桝床は表千家六代・覚々斎原叟の好みと伝わる。

桝床席1.jpg

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2017年09月21日

慈光院茶室

 慈光院は奈良県大和郡山市小泉町にある臨済宗大徳寺派の寺院である。
山号は円通山。
本尊は釈迦如来。
石州流茶道の祖・小泉藩主片桐石見守貞昌(石州)が創建した。

※片桐 貞昌(かたぎり さだまさ)は、江戸時代の大名。
大和小泉藩の第2代藩主。
茶道石州流の祖として有名である

1663年に両親の冥福を弔う為に、敷地の北に慈光院を造った。
書院、本堂を。
その八年後に茶室を増設

全てが素のまま現存する貴重な財産である。
また、小高い丘の上にある為、そこから庭園をとおして山や田園風景は心癒す光景。

外観
入母屋茅葺の屋根。
桟瓦葺きの庇。
景色に溶け込む外観である。

慈光院茶室2.jpg


書院の東の広縁の北端に、二畳と二畳台目茶室がある。
二畳間と茶室の通しの間にして相伴席にみたてれば四畳台目にも変わる。
境には、引き違い襖で仕切られている。

慈光院茶室亭主床1.jpg


躙口から見て一番奥に床。
茶道口が床の左に開けられている亭主床(うしろ床)の典型的な例。

中柱や袖壁の配置を目線を意識して配置しているのも特徴。

石州好みにはしているが、随所に利休や織部の手法が見られる。


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posted by moccu at 09:00 | Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする