2010年05月14日

釜山海の手水鉢

釜山海の手水鉢(ふざんかいのちょうずばち)

如庵に現存する手水鉢。

自然の石に釜山海という文字が刻み込まれている。
これは、秀吉の家臣である加藤 清正が秀吉に贈った手水鉢とされる。
この釜山海の手水鉢は清正が朝鮮出兵の際に釜山浦から持ち帰ったもの。

釜山海の手水鉢.jpg



※加藤 清正(かとう きよまさ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名、肥

後熊本藩初代藩主である。

豊臣秀吉の家臣として仕え、各地を転戦し武功を挙げ肥後北部を与えられた。秀吉没後は徳川氏の家臣となり、関ヶ原の戦いの働きによって肥後熊本藩主となった。「賤ヶ岳七本槍」の一人である。
主君秀吉の死後も豊臣家に忠義を尽くしたことが有名。

※如庵(じょあん)は、愛知県犬山市の有楽苑にある茶室。
元和4年(1618年)に、織田信長の実弟織田有楽斎によって、京都市の建仁寺の塔頭である正伝院が再興された際、建造された茶室である。

如庵1.jpg


織田 長益(おだ ながます)は、安土桃山時代から江戸時代初期の大名・茶人。織田信長の実弟。長益系織田家嫡流初代。

有楽斎如庵(うらくさいじょあん、有樂齋如庵)と号し、後世では有楽、又は有楽斎と称される。
移設を重ね現所在地に留まる。『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2010年05月13日

布泉の手水鉢

布泉の手水鉢(ふせんのちょうずばち)

布泉の手水鉢1.jpg


遠州の創案とされ、大徳寺弧蓬庵(だいとくじ こほうあん)に現存する。

大徳寺2.jpg


大徳寺弧蓬庵.jpg

大徳寺弧蓬庵2.jpg


形はほぼ円柱。

水穴は方形で、その脇に布と泉の二文字がそれぞれ左右に浮き彫りされている。

追記:布泉とは中国の銭の名、といっても古代のもの。

布泉1.jpg
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2010年05月12日

船形手水鉢

船形手水鉢(ふながたちょうずばち)

その名のとおり船の形をした自然石の手水鉢。
水穴は、自然に出来た石のヘコンダ部分を利用するか、人工で開けるかの二通り。

この船形手水鉢には伝説があるらしく秀吉の朝鮮出兵の機会に加藤清正が持って帰り秀吉に献上。


茶室宣庵(せんあん)2.jpg


もとは大阪城にあったものを石田三成が佐竹氏に与えた御下賜品。

茶室宣庵(せんあん)1.jpg


茶室宣庵(せんあん)でも大隈重信がお金を出してこの手水鉢を欲したが亭主に断られたという逸話もある。
それほど魅惑の一品だったようです。
posted by moccu at 05:28| Comment(0) | 灯具・手水鉢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする